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2008年6月14日 (土)

「越前福井城」と「大安禅寺」

Img_2901 6月に入り、梅雨の季節の到来です。
自転車には大敵の雨の季節ですが、雨の合間を見つけて半日ぐらいの短距離のサイクリングはいかがでしょうか。

今回は大河ドラマ「篤姫」にも度々登場する「第16代福井藩主 松平慶永(春嶽)」の繋がりで「越前福井城」と越前福井藩の菩提寺「大安禅寺」を訪ねるコースをご紹介しましょう。

Img_7099 「篤姫」に登場する第16代福井藩主「松平慶永(よしなが)」は徳川家御三卿の一つ「田安家」から養子として福井藩主「越前松平家」に入った人です。(福井城近くの福井神社に祀られている)


「越前松平家」の始まりは「徳川家康」の次男として生まれながら、「豊臣秀吉」の養子になった後、「下総国結城家」の家督を継いだ「結城秀康」です。

Img_7106 藩祖「結城秀康」は「関が原の戦」で後方の下野国小山(栃木県)で敵方の上杉景勝の進行を防いだ功績で「越前国68万石」を与えられ、築城したのが「越前北庄城(きたのしょうじょう)」です。

郷土史家松原信之氏によれば、「越前北庄城」は戦国武将「柴田勝家」が北陸道の足羽川に架かる大橋(現九十九橋)周辺の「北庄三ヶ庄」の商業地を城下町として足羽川右岸に築いた「北庄城」跡(現在の柴田神社付近)を北側に拡大して本丸を移した城だそうです。
また、三代藩主「忠昌」のときに「北」という字が良くないとのことで「福居(ふくい)庄」と改めたが、貞享3年に25万石に減封されたとき、幕府が「福井」と書き間違ったために以後「福井」と書かれるようになったそうです。

現在はお堀に囲まれた本丸跡に県庁本庁・県議会議事堂・県警本部という地方三権者の建物が建っています。<BR>これは国内唯一福井県だけだそうです。
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さて、福井市は空襲と福井震災によって市内中心部のほとんどの建物が焼失・倒壊してしまいました。

Img_6678 このために城下町の雰囲気はほとんど残っていませんが、県庁がある本丸跡にはお堀のほかに天守閣跡や「福の井」と呼ばれる井戸・最近復元された「御廊下橋」などがあります。
また、近くには城内にあったと言われる「徳川家康」を祀った「佐佳枝廼社(さかえのやしろ)」が再建されています。

また、本丸跡から北へ約300mにある「福井市郷土歴史博物館」にある城門遺構及び東隣の藩主別邸「養浩館庭園」(復元)にて当時の雰囲気を感じることが出来ます。
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なお、JR福井駅西口付近は百間掘と呼ばれたお堀跡で駅前北陸銀行前の歩道にある地下駐車場への降り口近くには地下にあるお堀の石垣遺構の一部が見えるようになっています。
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また、福井市中心部から北西約10キロの日野川左岸「田ノ谷」地区の谷間には万治3年(1660年)に4代藩主「光通」によって創建された福井藩主の菩提寺「大安禅寺」が今も残り、笏谷石が敷き詰められた「千畳敷」と呼ばれる歴代藩主の永代霊廟があります。
この寺では6月いっぱい「花菖蒲まつり」が開かれています。
詳しくはこのブログの過去の記事「福井サイクリング情報(5) 大安禅寺」をご覧ください。
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そのほかに戦国時代の遺跡として市街中心部から約12キロの足羽川上流左岸の谷間にある「城戸ノ内町」地区には織田信長に滅ぼされた戦国大名「朝倉氏」の城下町遺構と復元町並みがあります。
詳しくはこのブログの過去の記事「福井サイクリング情報 (6)一乗谷朝倉氏遺跡」をご覧ください。
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