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2009年10月25日 (日)

ちょっと一息ポタリング 「今庄」編

Imazyoutaminaru2 南越前町「今庄」には「丹南ふれあい自転車道」(丹南ふれあいスポーツレクリェーションロード)の南の終始点「今庄サイクリングターミナル」があります。



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「今庄」は「木の芽峠」から続く「北陸道」と「栃ノ木峠」から続く「北国街道」が交わる交通の要衝に位置し、江戸時代に入って宿場町として整備され「今庄宿」と呼ばれました。
現在も当時の道筋には江戸時代から続く「造り酒屋」や「旅籠」跡が残り、宿場町の雰囲気を保っています。
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Nec_0041 谷間に発展した「今庄」は街の北側にある「湯尾峠」から南北に街道が通じ、東側に「日野川」、西側は「藤倉山」や「鍋倉山」などの山が迫っています。



Nec_0024 街の南側は「藤倉山」の東尾根に連なる通称「愛宕山」が日野川に接しています。




Img_8691 この山上には中世から江戸時代初期まで続いたとされる古城「燧(ひうち)城」跡(城の所在地については時代により諸説あり)があります。




Img_8692 この城は寿永2年(1183年)に「平家」軍と「木曽義仲」軍が戦った城として登場し、「源平盛衰記」には「四方の峰を連ねた北陸道随一の城郭」と記されています。



Img_3402 古代から中世にかけては「愛宕山」の南山麓を流れる「鹿蒜(かひる)川」下流にある「帰(鹿蒜)」集落に古代からの宿場「駅」が置かれていました。
そして「今庄」は「今城」と記され、宿場ではなく「燧城」の城下集落だったようです。

現在も麓にある「観音堂」および隣接する「新羅神社」から登山道があり、約15分で城跡に着くことができます。
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城跡には江戸時代初期に補強された城の入り口「虎口(こぐち)」の石垣や石段および「本丸」の見張り台の基礎石垣や周辺に造られた空堀・土塁がくっきりと残っています。
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因みに元禄2年(1689年)俳人「松尾芭蕉」が福井城下近郊の足羽山山麓に住む「等栽(とうさい)」宅から北陸道を通り「敦賀」に向かう途中、「今庄宿」を通った(或いは宿泊)際に次のような句を読んでいます。
「義仲の 寝覚めの山か 月悲し」

Nec_0064 さて、山間地にある「今庄」は水田が少なかった為に「蕎麦」や「柿」の栽培が盛んで、現在も「今庄そば」や保存食である「つるし柿」が特産品となっています。

なお、「今庄そば道場」(大門地区)や「リトリート田倉」(古木地区)では地元産のそば粉を使った「そば打ち体験」(要予約)が出来ます。
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参考図書
福井県史(福井県)
福井県の歴史(山川出版社)
福井県の歴史散歩(山川出版社)

2009年10月 5日 (月)

ちょっと一息ポタリング 鯖江編

Nec_0068 「丹南ふれあい自転車道」(丹南ふれあいスポーツレクリェーションロード)の終始点にある「鯖江市」は福井県嶺北地域を南北に流れる「日野川」の中流域にあって川の右岸沿いに南北に細長く続く「鯖江台地」を中心に東西に田園が広がっています。

また、北部を福井藩の中心地であった「福井市」、南部を越前国府が置かれた「越前市」に挟まれた小都市です。

産業としては国内最大の「メガネ」の生産地で市内各所に関連工場が点在しています。


Img_8633 さて、鯖江市の中心市街地は「長泉寺山」山麓にある「西山公園」の南東側に広がっています。



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Nec_0070 「鯖江」の地名が登場するのは14世紀に書かれたという軍記物語「太平記」で、南北朝の合戦が「鯖江の宿」付近で行われたことが記されています。

「鯖江の宿」は鯖江台地東南の麓、現在の「JR鯖江駅」付近にあったと推測されています。

Img_8648 この周辺南側には「延喜式」に記される古社「舟津神社」があります。


近くには承元元年(1207年)に都から追放された「親鸞」が越後に配流される途中において最初に念仏信仰を説いたとされる「車の道場」(上野別堂)があります。
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また、台地上部には弥生時代から古墳時代に掛けての墳墓「王山古墳群」があります。
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Img_2412 一方、北側の「長泉寺山」東山麓には養老2年(718年)に「泰澄大師」によって開山されて「元三大師」によって再興されたと伝わる天台宗寺院「長泉寺」がありました。
現在は後年に建てられた寺院の一部の「中道院」が残っています。

Img_2420 そのほか、南北に細長く広がる鯖江台地には「長泉寺山古墳群」や「兜古墳」・「立待古墳群」などが点在し、弥生から古墳時代の集落跡も確認されています。

さて、現在の鯖江市中心市街地がある鯖江台地の南部は「上野(うわの)」、北部は「鳥羽野」と呼ばれ、水が不便な為に長らく開拓整備されず、長泉寺山の山麓にあった寺院とその門前集落が点在していただけのようです。


しかし、江戸時代に入って盗賊が頻発した北陸街道沿いの「鳥羽野」は福井藩主の命により開拓され、新しい村が街道沿いに造られました。

また、南部の「上野」には貞享8年(1687年)に「誠照寺(じょうしょうじ)」(現、真宗誠照寺派本山)が再建され、周辺には門前町が出来てにぎわったようです。
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さらに享保6年(1721年)に越後から「間部氏」が移されて鯖江藩(5万石)が開かれ、街道を台地の東山麓から台地上部に移し変えて台地の南部に城下町を整備しました。
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現在、城下の中心地は街道が拡張整備されて「本町商店街」と変貌しましたが、かつての街道沿いは今も昔の香りが残っています。
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鯖江市中心部から東へ約10キロ離れた谷間に開けた「河和田」地区は古くからの「漆器」の生産地で、延喜5年(905年)に「うるし」を正税として収めた国名に「越前国」も記されています。

現在も多くの漆器製造業者が集まり、資料展示・漆器販売の施設として「うるしの里」が建てられています。
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丹南ふれあいスポーツレクリェーションロード」のコース概要については、このブログの過去の記事(07年6月13日)をご参照ください。



参考図書
鯖江市史(鯖江市)
福井県の歴史散歩(山川出版社)

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