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2006年6月 3日 (土)

古代歴史ロマンへの旅・安曇川(1)

今回は古代歴史ロマンの街・安曇川をご紹介しましょう。

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安曇川は、琵琶湖の北にある旧安曇川町、今は平成の大合併で高島市となっています。
この街は、継体天皇が生まれた「近江国高島郡三尾」があった場所です。
街の西側にある山沿いに継体天皇の父「ヒコウシ王」の墓と推定されている「彦主人王御陵」(左の写真)をはじめ、御陵から下った所にある三尾氏を祀った「田中神社」や母「振姫」が子供を産む時にもたれかかった「もたれ石」がある「旧三尾神社跡」。そしてヒコウシ王が子供を授かるとのお告げを受けた「三重生(みお)神社」などがあります。

また、三尾里から鴨川に架かる「天皇橋」を渡った所には、三尾一族の繁栄を偲ばせる豪華な副葬品が出土した「鴨稲荷古墳」があります。
このほか、安曇川から少し離れた旧高島町拝戸地区には母「振姫」を祀った「水尾神社」があります。
来年、継体天皇が即位して1500年を迎えるにあったて、古代歴史ロマンを感じながら「継体天皇のふるさと・安曇川」を歩いてみては、いかがでしょうか。

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上の写真は、三重生神社と旧三尾神社跡です。くわしくは、高島市HPやJR西日本HPの中の「滋賀を歩こう」などをご参照ください。

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コメント

はじめまして、樟葉宮近くに住んでおります。こちらでも「継体天皇即位1500年記念」の様々な取り組みがなされています。8月には念願の「越バスツアー」で継体縁の地を巡り講演会を拝聴します、楽しみです!最近「安曇川」という名前から海人族・安曇氏に興味を持って追いかけています。継体の育った三国にも大湊神社(摂社岡神社)国狭槌命、五十猛命が祀られていますね。安曇族、何か関連がありそうです。

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