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2006年7月25日 (火)

継体天皇のお妃たちをめぐる旅(1)

今回は継体天皇のお妃たちについてご紹介しましょう。

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継体天皇のお妃は日本書紀に寄れば9人、古事記では7人の名前が挙げられています。
今回は日本書紀に基づいて、その中の最初の三人についてご紹介しましょう。(写真は福井県越前市(旧武生市)余川町味真野苑にある謡曲「はながたみ」の記念像です。)

Nisiyamatuka11_1 まず最初は、「皇后」として挙げられている「手白香皇女(たしろかのひめみこ)」です。
この方は仁賢天皇の子供(雄略天皇の孫)で、前帝の武烈天皇の姉にあたる方です。継体天皇が天皇に即位する際に皇后として迎えられました。(前天皇家からの血を引き継ぐ)
そして「欽明天皇」の母にあたります。白手香皇女の墓は奈良県天理市の山辺の道沿いにある衾田墓(ふすまだのはか)と言われる西殿塚古墳とされていました。しかし4世紀ごろの墓であることが判明したので、この近くの「西山塚古墳」(写真)が真の墓ではないかと言われています。

Danpuyama11 次は、元妃「尾張連草香女目子媛(おはりむらじくさかのひめみこ)」です
この方は、尾張地方の大豪族「尾張氏」の出身で継体天皇が即位する前のお妃と言われています。そして「安閑天皇」「宣化天皇」の母にあたります。写真は熱田神宮から名古屋中心部へ向かう国道19号線沿いにある熱田神宮公園にある尾張氏の古墳と言われている「断夫山古墳」です。

Rokurosekofun11 最後に「三尾角折君妹稚子媛(みおのつのをりきみいもうとわかこひめ)」です。
この方の産んだ子供の名前が「大郎皇子(おほいらつこのみこ)」と言い、現在で言う「太郎」にあたり、長男に付ける名前であることから継体天皇の最初のお妃であると言われています。また、一説には「角折」という地名が九頭竜川の支流足羽川との合流地点に近い日野川の右岸に残っている事からこの付近の出身ではないかと言われています。写真は福井県坂井市丸岡町上久米田の山腹、国道364号線沿いにある三尾一族の墓であると言われる「六呂瀬山古墳」です。

次回は継体天皇の陵墓についてご紹介しましょう。

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