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2006年9月 1日 (金)

継体天皇の後継者たちへの旅(1) 羽曳野市

Ankaryou11 大阪府羽曳野市は継体天皇の皇子で後に天皇に即位した「安閑天皇」が葬られている地です。
安閑天皇は継体天皇が即位する前のお妃で尾張氏の出身である目子媛の長男として生まれました。日本書紀に拠れば、名前を「勾大兄皇子」と言うそうです。
安閑天皇は父継体天皇が晩年に大病を患ったので異例の事として生前に皇位を譲られて、天皇となりましたが父の死後数年で亡くなったそうです。また、一説では皇太子として執政にあたったが即位はせずに亡くなったという説も在ります。これは、朝鮮の書「百済本記」に天皇と皇太子が同時に亡くなったと記され、これが継体天皇の時代にあたるためだそうです。

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さて、安閑天皇の陵墓は現在宮内庁により大阪府羽曳野市古市5丁目の国道170号線沿いに指定されています。周りは近鉄南大阪線の古市駅に近く、近鉄線と国道に挟まれた住宅地の中にあります。
「なぜ、この地に陵墓が築かれたか」については不明ですが、継体天皇の皇子として天皇に即位した「安閑」「宣化」「欽明」の3人の中で一人だけ大和地域以外に陵墓が築かれました。この事は継体天皇が即位後すぐに大和入り出来なかった事と同様に大和中央の豪族との確執が在ったのかもしれません。

Ouzinryousiryou11 しかしながら、陵墓が築かれた地は安閑天皇に全くゆかりがない訳では在りません。陵墓から国道を1キロ北に行った羽曳野市役所の近くには応神天皇を祀った「誉田八幡神社」と隣接地に「応神天皇陵」があります。父継体天皇は応神天皇の五世の孫とされていますので先祖が眠る地と言うことになります。

その他、羽曳野市や隣接する藤井寺市には多くの古墳や天皇陵墓があり、エジプトの王家の谷のような王族の墓の集まった土地でもあります。

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なお、安閑天皇の宮は「勾の金橋宮(まがりのかねはしのみや)」と言います。
所在地は奈良県橿原市曲川町付近とされています。現在、曲川町にある「金橋神社」に宮跡の碑があります。

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