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2006年12月19日 (火)

継体天皇の系譜をめぐる旅(4) 桜井市

奈良県桜井市は「三輪山」の麓及び大阪湾に流れ込む大和川の上流域「初瀬川」・「寺川」の扇状地にあり、古代大和朝廷の中心地でした。そのため歴代天皇の宮跡や陵墓・古墳などの史跡が多く点在している街です。
この街にも継体天皇や継体天皇に関わる人たちの史跡があります。

Iwaretamaho11_2 継体天皇の宮跡をめぐる旅(5)でご紹介した継体天皇の最後の宮「磐余玉穂宮」は、ここ桜井市の池之内地区にある「稚桜神社」の近くの「おやしき」と呼ばれる所に在ったと言われています。

Wakazakura22 また、この「稚桜神社」は継体天皇の祖「応神天皇」の母「神功皇后」の宮「若桜宮」及び履中天皇の宮「若桜宮」が在ったと言われています


Wakazakurazinnzya1 しかし、池之内の北東にある谷地区付近にも「石寸(いわれ)山口神社」など「磐余(いわれ)」の付く名前が残っている事からこの付近に在ったのではないかと言う説もあり、この谷地区にある「若桜神社」が「若桜宮」の跡だとも言われています。

Sikiniimasumiagatazinzya1 Suzinmitukakinomuya1



また、三輪山の南西麓、初瀬川右岸の金屋地区の山沿いには古代の道「山辺の道」が通っていますが、この付近には第10代「垂仁天皇」の父「崇神天皇」の宮「瑞籬宮(みつかきのみや)」がありました。現在は「金屋の石仏」近くの「志貴坐御県神社」(天理教会の裏側)に宮跡の石碑が建てられています。

所在地は下記の地図をご参照ください。

3 志貴坐御県神社(金屋)
4 若桜神社(谷)
7 石寸山口神社(谷)
13 稚桜神社(池之内)
14 おやしき(池之内)
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Suinintamakinomiya1 なお、「垂仁天皇」の宮「珠城宮(たまきのみや)」は「山辺の道」を北上して天理市との市境付近の桜井市穴師地区付近に在ったと言われています。現在は国道169号線から少し入った「新池」(桜井市巻野内)近くの道沿いに宮跡の石碑が建っています。

Hasihaka1 この一帯は「巻向(まきむく)」と呼ばれ、弥生時代末期から古墳時代前期(3世紀から4世紀)に架けての「箸墓古墳」(写真)などの古墳の他に建物跡や祭事土器などが発見されています。一説には「初期大和政権の都」或いは「邪馬台国の都」などの説があります。
Suzintennouryou1 また、穴師地区の北、「山辺の道」及び「国道169号線」沿いには「垂仁天皇」の父「崇神天皇」(写真・天理市柳本町)の陵墓や子の「景行天皇」(天理市渋谷町)の陵墓があります。

所在地は下記地図をご参照ください。

1 珠城宮跡石碑 2 相撲神社
3 大兵主神社  4 崇神天皇陵
5 景行天皇陵
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その他にも桜井市には継体天皇の子孫たちの史跡が点在しています。これについては「継体天皇の後継者たちへの旅(5)桜井市」をご参照ください。

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