« 継体天皇の故郷を訪ねる旅(1)坂井市丸岡町 | トップページ | 継体天皇の系譜をめぐる旅(3)石川県加賀市 »

2006年12月16日 (土)

継体天皇の系譜をめぐる旅(1)滋賀県米原市

日本書紀によれば、今から千五百年前(西暦507年)に継体天皇は樟葉宮(くづはのみや)、現在の大阪府枚方市楠葉で天皇に即位しました。
継体天皇の出生については謎が多く、その血筋についても疑問視されています。
さて、ここでは謎や疑問点について触れずに鎌倉時代に書かれた「釈日本記」の中に引用されている「上宮記逸文」にある、継体天皇の系譜に関わる人たちについてご紹介したいと思います。

まずは、継体天皇の父方の家系は「ホムツワケオホキミ」つまり応神天皇の子「ワカヌケフタマタノミコ」に続く家系で応神天皇の5世の孫とされています。父親は「ウシノミコ」です。

Okinagasihi1 父の出身氏についてはいろいろな説がありますが、現在有力視されているのは滋賀県米原市付近に本拠地を持っていたと言われる「息長氏」です。
日本書紀には三尾の別業と書かれており、現代風に言うと出張所という意味であることから、琵琶湖の対岸にあたる湖東に本拠地を持つ大豪族で大和政権とも深く結びついていたと言われる「息長氏」が挙げられています。また、「上宮記逸文」にある家系図の前半部分が「息長氏」の家系とも一致しているそうです。

Okinagasizinzya1 Okinagasikofunn1


写真は米原市の旧近江町能登瀬地区にある「山津照神社」境内にある息長氏の古墳と言われている「山津照神社古墳」です。

この旧近江町付近には多くの古墳が点在しています。また、近くには出土した「はにわ」を展示した「はにわ館」があります。

Okinagasitizu22










ここでその他の説も簡単にご紹介しましょう。

Takasimausiou11_1 三尾氏説
日本書紀によれば、近江国高島郡三尾(現在の滋賀県高島市三尾里付近)で生まれたとされています。(三尾氏は垂仁天皇の子「イワツキワケノミコ」を先祖としていることから一説には応神天皇の家系ではなく、垂仁天皇の家系という説もあります。)写真は旧安曇川町(現在は高島市)田中にある田中神社の山上部にある継体天皇の父親の墓と言われている「彦主王(うしおう)御陵」です。

越国の三尾氏説
この説は越国の地名にもかって「三尾」があり、本拠地は越国の三尾であると言われています。

以上のほかにもさまざまな説があります。

« 継体天皇の故郷を訪ねる旅(1)坂井市丸岡町 | トップページ | 継体天皇の系譜をめぐる旅(3)石川県加賀市 »

コメント

詳細に研究されているようですね。やっぱり継体は前天皇・王朝とは関係なかったのですか?

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 継体天皇の系譜をめぐる旅(1)滋賀県米原市:

« 継体天皇の故郷を訪ねる旅(1)坂井市丸岡町 | トップページ | 継体天皇の系譜をめぐる旅(3)石川県加賀市 »