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2006年12月26日 (火)

継体天皇と橘曙覧

橘曙覧(たちばなあけみ)は江戸末期の歌人で正岡子規が絶賛した事で知られています。また、クリントン米国大統領が天皇陛下訪米の時の挨拶で「たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時」という橘曙覧の歌を引用して国内で再評価されるようになりました。
また、橘曙覧は歌人としてだけではなく「国学」も勉強していました。彼の師は飛騨高山に住む「田中大秀」と言う人で、この人は本居宣長の弟子です。
さて、橘曙覧と継体天皇の関係ですが、石橋重吉の著書「継体天皇と越前」によれば、彼の師「田中大秀」は継体天皇の御世系が知られていない事を遺憾に思い、「釈日本記」の中に引用されている「上宮記逸文」をもとに継体天皇の系譜を明らかにした「玉穂宮考」を書きました。
そして、弟子である橘曙覧に対して「国に帰って継体天皇に関係の深い「足羽神社」の馬来田宮司と相談して碑を建て、越前の人たちに知らしめるように」と言われました。
そして橘曙覧は師の志を受けて、馬来田(まくだ)宮司や同門の門人らと相談して足羽神社境内に継体天皇の御世系文が書かれた石碑を建立したと書かれています。
この石碑は現在も境内に立っています。しかし、文字が小さいので内容は解読しずらいかもしれません。

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Asuwazinzya11_1 なお、足羽神社の宮司「馬来田氏」は継体天皇のお妃「坂田氏の娘 広媛」の末娘「馬来田(うまくた)皇女」を祖先としていると言われています。

また、橘曙覧については、足羽山の愛宕坂(石段になっている)登り口近くに「橘曙覧記念文学館」があります。

Asuwayamakeitaizou11_2 その他、足羽山上の「福井市自然史博物館」横の円墳の上には「継体天皇像」があります。




足羽山はJR福井駅から約1.5キロの足羽川左岸にあります。登り口は幾つか在りますが、徒歩の場合は足羽川に架かる「桜橋」から左内交差点を渡り、石段が続く「愛宕坂」を経て「足羽神社」へ向かうコースや左内交差点から300mぐらい南へ行った相生交差点から「あじさい」が植えられたつづら坂を登るコースなどがあります。
(桜の開花時期には足羽川堤防の桜並木の道が大変に綺麗です。)

所在地については下記の地図をご参照ください。

1 足羽神社  
2 橘曙覧記念文学館
3 継体天皇像
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