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2007年2月10日 (土)

継体天皇伝説外伝 和歌山県橋本市

奈良県境に接し、「紀ノ川」が流れる和歌山県橋本市隅田(すだ)町にある「隅田八幡神社」には国宝に指定されている古代の鏡「人物画象鏡」が伝わっています。

この鏡には、「癸未(みずのとみ)年八月・・・」から始まる銘文が書かれています。
文字は一部特定しにくい文字もありますが
「癸未年八月日十 大王年 男弟王 在意紫沙加宮時 斯麻 念長寿 遣開中費直穢人今州利二人等取白上同二百旱 作此鏡」
の48文字ではないかという説があります。

この銘文をどのように読み解くかによって幾つかの説が発表されています。

その中の一つに
「癸未年」を503年として、「日十大王年」を「ヲシ大王」と読み「仁賢天皇」の時代にあて、「男弟王」を「ヲド王」と読み「男大迹王(継体天皇)」というように読み解くことが出来ると言うのです。

これに基づいて銘文を読むと
「503年8月、仁賢天皇の治世、男大迹王が忍坂宮に住んでいたとき、百済の斯麻(しま)王(武寧王ぶねいおう)は長寿を念じて開中費直と穢人今州利の二人を使わし、銅二百貫でこの鏡を作った。」
という内容になるそうです。

この内容が正しいとすると「仁賢天皇」の時代に即位前の「継体天皇」が大和国の「忍坂宮」(桜井市忍坂)に住んでいたことになります。

「仁賢天皇」と「男大迹王」が登場する伝承は岐阜県根尾の「薄墨桜」に関わる伝承「真澄探當證(ますみたんとうしょう)」とも通じるところがあります。
「真澄探當證」では「仁賢天皇」が弟「顕宗天皇」の子「男大迹王」を根尾から都へ呼び寄せて皇太子としています。

その他には「雄略天皇」とする説もあります。
因みに、癸未年を443年と読むと、「允恭天皇」の時代にあたり、皇后は「忍坂大中姫」でした。

「隅田八幡神社」については、「橋本市観光協会ホームページ」をご参照ください。

「隅田八幡神社」の所在地については下記地図をご参照ください。

「隅田八幡宮」
和歌山県橋本市隅田町垂井622
JR和歌山線隅田駅下車徒歩約20分

Sudahatimantizu11

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