継体天皇と横山古墳群
「横山古墳群」は竹田川右岸の「福井県坂井市丸岡町坪江地区」から市境を越えて「あわら市瓜生・中川地区」に横たわる山稜を中心に広がる北陸最大級の古墳群で、6世紀初めから中頃にかけて繁栄した一族の墓と言われています。
この古墳群は前方後円墳が15基、方墳が59基、円墳が160基の合計234基確認され、代表的な古墳は「椀貸山古墳(わんかし山古墳)」と「神奈備山古墳」です。 「椀貸山古墳」は丸岡町坪江地区の山稜に隣接する平坦地の工場敷地内にあり、墳長は約45m、高さ約6mの前方後円墳で6世紀初め頃の築造と言われ、昔は馬蹄形の周壕があったそうです。
一方、「神奈備山古墳」は「椀貸山古墳」から約100m北側の市境を挟んだ山稜(あわら市瓜生)にある古墳です。
墳長は約60m、高さ約7mの前方後円墳で6世紀中頃に築造されたと言われています。
両方の古墳ともに葺石があり、2段以上の階段状になっているそうです。
また、石室は九州の影響を受けた肥後式石屋形の横穴式石室が確認されているそうです。
この古墳群は継体天皇の皇子「椀子皇子(まろこのみこ)」を祖とする「三国公」・「三国真人」一族の墓と言われています。
また、「椀貸山古墳」は「椀子皇子」の墓とも伝承されています。
「椀貸山古墳」は国道8号「瓜生交差点」東側の工場敷地内の道側にあって、フェンス越しに古墳が確認できます。また、国道側から「ひょうたん」を半分に切ったような形を見ることが出来ます。(工場事務所で許可を得れば見学可能です)
「神奈備山古墳」は「椀貸山古墳」のある工場「和興」の北側100m付近の国道8号東側沿いの山稜部にあります。
正式な登り口は見あたりませんでしたが、「和興」と北隣の工場「ニシハタ繊維工芸」との間にある砂利道の林道を100mぐらい登った左手に雑木や草に覆われた細い谷道があり、ここを20m入ると左手正面に急斜面の杉林があります。
この斜面を登った山頂に「神奈備山古墳」の記念碑が建っています。(杉林を荒らさないように注意して下さい)
古墳の全容は杉林に囲まれていてはっきり見ることが出来ません。 「横山古墳群」の周辺には、「継体天皇」に関わりのある伝承地があります。
「椀貸山古墳」の東500mの山麓にある坪江集落には「継体天皇」を祀った「横山神社」があります。 また、坪江集落から南東に約1キロには「継体天皇」の宮跡があったと伝承される「女形谷(おながたに)」地区があり、都からの使者と初めて対面したとの伝承が残る「てんのう堂(天皇堂)」が集落の北西端の農道沿いの水田の一角にあります。
所在地については下記の地図をご参照下さい。
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